このお堂は、藤原時代の「阿弥陀堂形式」という造りで、鎌倉時代の初期に建立されたものと推定されます。堂内中央に四天柱があり、その中央に薬師如来が安置されています。外観は東西南北どちらから見ても、柱が4本あり、真上から見ると正方形の形をしています。屋根は寄棟の「宝形造り」で茅葺となっています。これは世界遺産、岩手県の中尊寺金色堂と同じ形です。また、中部日本で最も古いお堂といわれています。
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このお堂は、藤原時代の「阿弥陀堂形式」という造りで、鎌倉時代の初期に建立されたものと推定されます。堂内中央に四天柱があり、その中央に薬師如来が安置されています。外観は東西南北どちらから見ても、柱が4本あり、真上から見ると正方形の形をしています。屋根は寄棟の「宝形造り」で茅葺となっています。これは世界遺産、岩手県の中尊寺金色堂と同じ形です。また、中部日本で最も古いお堂といわれています。
伝承によると、白鵬年間に塩野神社の本地仏として造立されたとのことです。桂材、寄木造りで古式の立派な台座に坐っておられます。そのお顔は円満で慈悲に満ちており、また凛とする気品が漂っています。平安時代末期に盛んに行われた「定朝様」の信濃における代表的な作品であり、また、その手慣れた作技からみて、中央の作風を立派に守った、優れた仏師による彫刻です。左手には「薬壺」をお持ちになり、古来より衆生を病から救って下さいます。
また、薬師如来の脇におられる十二神将とは、もともと薬師如来と薬師如来を信仰する大衆を守護する役目を与えられている十二の大将のことをいいます。本来であれば十二神将というように、十二体いるはずですが、惜しいことに中禅寺では現存するのはこの一体のみで、腕が欠けていたり、頭の上に乗せているはずの十二支も紛失し、詳細は不明となっております。どうぞ、手を合わせ、心よりお参り下さい。
薬師堂・薬師如来座像・十二神将像、いずれも国指定の重要文化財に指定されています。